遥かなる君の声
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     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 十年ほど前、正確にはそうですね、もう八年にもなるでしょうか。このアケメネイの隠れ里に、先日の襲撃があるまでの永年の間の、後にも先にもただ一人の来訪者として外界から訪れた御方、誇り高き老師様、シェイド公が此処へとお持ちになられたものでございます。惣領殿がそうと答えたその余韻がきれいさっぱりと立ち消えてしまうまで。その場に居合わせた者たちは、誰一人として声を発することが適わなかったほど、それぞれに驚きを隠し切れずにいた。小さなカナリアに変化
へんげしていたスノウ・ハミングのカメちゃんが、ちょこりと止まっていた瀬那王子の手の上で、
“???”
 一体どうされたのですか?と、愛らしく小首を傾げて見せたほど。成程、此処を襲撃してから王城キングダムの主城へ乗り込んで来た奴らであったらしかったけれど、
「…それでは、あのグロックスを手に入れるために、此処を襲った奴らだったと?」
「しかも、元はと言えば進の養い親が持ち込んだものだってか?」
 意外なところから飛び出した、聞き覚えのあり過ぎるキーワードの数々。ますますのこと、連中は進にまつわる何やかやへ、かなりの策を弄していたらしいことが窺えるのだが、それにしては不審なのが。

  ――― どうして、こうまで手の込んだことをして手中に収めた代物を。

 あの砂時計にしてもそう。そして、進その人本人についてもそう。手の込んだ方法で招き寄せ、略取したその日のうちにもあっさりと、それも…あんな簡単な意識封じの咒をかけただけで、自分たちの仲間として襲撃部隊に加えて、彼が元居た…心からの忠誠を捧げていた人のいる城へと、わざわざ送り込んだ連中だったのか。封印の咒に自信があってのことか? それにしては、さして強力なそれではなかったし、現にあっさりと解けてしまった。彼がいれば、こちらからの攻勢への盾に出来ると思ったか? 確かに仲間ではあるし、セナには大切な対象だけれども。何となったら…冷たいようだが、セナを守るためになら。一生“非道”の謗
そしりを受けてでも、彼は見切ってもいいと断じることに迷いはない、お傍づき筆頭の蛭魔さんだったりしたそうだし。
“セナの誘拐とそれから、グロックスを取り戻しに来たと言ってはいたが。”
 確かに不審な物体ではあったが、そしてそこから“炎獄の民”というヒントが浮かびもしたが、扱いのぞんざいさがやはり気になった奇妙な置き土産。彼らにしてみても、この隠れ里はなかなか発見し難い場所であったに違いなく。それをやっと突き止めて、しかもこんな無残な襲撃をかけてまでして強引に持ち去った割には、正気に戻った進は連れ去ったものの…グロックスの方へは今のところあまり執着はないような。
“…まあ、といってもまだ2日目なんだがな。”
 今頃再びの襲撃が間髪おかずにかかっているやも知れないが、当の砂時計は奴らの手には到底届かぬ場所にあるからと、導師様たちも居ても立っても居られないというほどもの心配はしていないのだけれども。その正体が明らかになりそうな気配には、少なくはない気の逸りを覚えもした。そんな彼らを前にして、惣領様は訥々と言葉を紡がれる。

  「シェイド公はあまり多くは語られませんでした。」

 人里離れた峻烈な山岳地帯に在りし、陽白ゆかりの聖域と、それを守り続ける封印の民たちと。今世の住人たちは此処に自分たちが在ることの意味さえ考えないままに、在って当たり前という順番になっているほど、それほどにも永きに渡って当地に居続け、且つ、他所の人というものを知らずにいたものだろうに。そんな彼らにしたらば初めてのこととして迎えたのが彼であり。外界からの接触には警戒するという基本は忘れずにいた筈の人々が、なのにその警戒を示さなかったのは。彼が携えていた聖なる剣の意味を知っていたからに他ならない。今や存在さえも希少な剣。白の教会での祈りの儀式を受けてから、世に送り出される“アシュターの聖剣”は、元を正せばこのアケメネイから下界の世に出た代物だったそうで。陽白の祝福を受けし身の騎士様に、誰が疑心を抱こうかと、実にすんなりと受け入れ、大変な道程だったでしょうと、迎えた皆して心から歓迎したのだそうで。その彼が差し出して、どうか此処での封印をと依頼したのが、例の怪しげな砂時計だということか。
「この砂時計はグロックスといい、本来の持ち主から取り上げたもの。今はまだ幼き彼がそのまま持っていては、とんでもないことが起こるからと取り上げはしたが、良く良くは正体が分からぬものだけに、下手に処分することも出来ず。何とかしてどこかへ永遠に封印しておくべきだと思い、封印に関しての咒というものを独学で学び調べるうち、このアケメネイについてを知った…と。」
 いくら人格者であり、王家への貢献度も厚く、様々な層の人々から広く慕われていらした剣士様だとはいえ。この隠れ里を捜し出すための情報集めは、そうそう簡単なことではなかった筈だ。陽白の一族に聖地を任された人々が住まう隠れ里“アケメネイ”。陽白の一族なんて言葉さえ、伝説や神話の存在になって久しいものを。進が城へと仕官し、それなりの立場となって、もう自分は見守る必要もなくなってのち。ただ一人で旅に出て、それは永きに渡っての探査を続け、やっと辿り着いたのが…8年前ということか。
“そういやあ、進って幾つなんだ?”
 さあて、幾つっていう設定にしておりましたか。
(こらこら) 剣さばきのみならず、体術も騎馬術においてもそれは優れたる勘と伸びとを持っているからと、見いだされた彼であり。シェイド公の指導を受けて後の、それでも随分と早い出仕だったらしいと、高見さんから聞いたことがあったので。まだそんなにも年嵩ではない筈だけれども。そんな事情があってのことなら、公も…幼かった進自身を心配しながらも、一刻も早くと手を打たれたに相違なく。
「誰に頼れることでなし、それでも、古い知己たちを残らず訪ね、国中歩いて、その後には、こんなにも遠い国の外にまで歩みを運ばれ。此処の麓の泥門では導師師範にも話を聞いたりしてと、こつこつ情報を集められたとお話しで。」
 もう相当にお年を召されてもおいでだったろうに、それでも此処までいらしたは。矍鑠としたその背を伸ばし、歩みを止めさせなかったほどもの、壮絶な決意と信念に後押しされての事だったに違いなく。
「それ以上の詳細は、そのグロックスの本来の持ち主という方が、何処のどなたであるのかも含めて…私共の方からは何ひとつ伺ってはおりません。ただ、シェイド公がお持ちでいらした聖なる剣、アシュターの聖なる“封印剣”と対になっている“守護の剣”をお持ちだとのこと。」

  「…っ。」

 だとすれば、それは間違いなく進のことだと。王城から此処に来合わせた者らが、揃いも揃って息を飲む。幾度となく進の、そしてセナの身を守りし、頼もしき聖剣。闇界からの使者だった闇の眷属、王妃に取り憑きし魔物が魔界から招いた様々な邪妖を、鮮やかに斬って捨て、夜陰の中に蒸散せしめた、聖なる剣撃を生みし武装にして。そもそもの過日には、セナが封じられていた水晶からの解放も可能にしたほど、使い手の意志をそのままに実現させていた、奇跡の剣でもあって。そんな剣を彼へとお守りにと与えたシェイド公は、それと引き換えに…不吉な何かを感じ取ったらしきアイテムを携えて、こんな遠隔地にまで運んでおられて。
「あれは封じておかねばならぬもの。壊してしまった方が早いのかもしれないが、そうしたら何が起こるかの見当もつかず。未来永劫、何処にも出さず、誰にも触れさせず、名前さえ風化させてしまうほどもの封印が出来ればと、残りの生涯をかけてこれを負ったまま彷徨い歩き続けても良いとの決意から旅立った身。勝手な申し出だということは重々承知でお願い申し上げますと。此処ほどもの聖なる土地でないともはや信用出来ぬ身の、生涯最後の我儘を、どうかお聞き下さいと。こんな途轍もない土地へとたった独りで運ばれた、あれほどもの人物が懇願なされた。堅く堅く封印し、どうかお守り下さいませと、頭を地に擦りつけるほどもの懇願なされたものを、どうして聞き入れずにおれましょうか。」
 その当時のことを思い出したのか、惣領様はいかにも感慨深げなお顔をなさったが…それにしても。
“8年前?”
 おやや?と、首を傾げている人が約一名。そうですよねぇ、葉柱さん。あなたがまだこの地にいたころですよ? それ。そうまで物忘れがひどい自分だったかなと、むむうと眉を寄せて考え込んでいる息子に気づいてだろう、
「お前は、いや、他の住民たちにも、その事実を知る者はそうはおらぬ。」
 惣領様は小さく苦笑をなさり、
「何ぶんにも極秘にという使命を預かり受けた訳なのだからな。分家の里長たちと長老、儂(ワシ)と斗影しか知らぬこと。まだ子供であったお前には、騎士様がおいでになった事実さえ伝えてはおらんかったのだよ。」
「ふ〜ん。」
 まま、そんな事情のことであるなら、例え惣領筋の近親者だとて、例外としなかったのも道理と言えば道理な運び。とはいえ、
“よくもまあ、隠し切ってたもんだよな。”
 もしかして史上初めてという、外の世界からやって来た人間の訪門だのに、よくもまあそうそう冷静に対処出来たものだなと。金髪の魔導師様がつくづくと感心なさったそのお隣りで、どこか沈んだまんまなセナが小さな肩をふしゅんと落とした。お話しいただいたことのアウトラインは何とか飲み込めたらしいが、まだどこかで歯痒いまんまなものが胸の底にて燻っているのだろう。
「そのグロックスを奪いに来た者らのことですが。」
 これ以上は、シェイド公のこともグロックス自体についても判りはすまいと思ったからか、桜庭がそっちの方へと話の舵を取る。光の公主とそれをお守りしていた自分たちへのみならず、この里へさえ魔手を伸ばしてたあの狼藉者たち。もしかせずとも、今現在の時点で、最も事情を知る当事者たちであろうし、自分たちが対処を考えねばならぬ直接の敵。きっと再び相覲
あいまみえることになろう未来は明らかだったし、向こうから来ずとも、進を取り戻さんというセナの悲願はどうあっても聞いてやらねばならぬこと。そのためにも、相手については微に入り細に入り知っておかねばならなくて。壮健にして若々しい身に、どこか…年経た人の落ち着きをも滲ませた。ちょっぴり不思議な雰囲気の、亜麻色の髪の青年導師様の申し出へ、

  「“光の公主”というのは、
   ただ、世の陽白の光をその手に統べてしまえるだけの力を持つ存在
   というだけではありません。」

 まずはと前置きかららしきお話を、語り始めた惣領様。
「悪霊や妖邪という負の陰体たちが、混沌とした巨きな存在“虚無”というものへの一体化を目指す“滅び”を齎
もたらすのを封じ込めるため、陰と陽、その均衡の最も危険な節目に現れるとされている救世の御子。」
 すぐ真正面へと座した、小さな小さなセナのこと、誠実そうな穏やかそうなまなざしにて見つめて来られる惣領様であり。
「そんな御方がいつの世にかきっと生まれると、我らの間で言われ続けて来たのは、我らの祖先を此処へと導いた陽白の一族の方々が“預言”を残していかれたからで。」
 今回のお話の最初の冒頭にても、取り上げていたお話を覚えておいででございましょうかしら。曖昧模糊なままに混沌としていた“世界”を、実体のある“陽”と形の無い“陰”とに分かつた一閃の光。その“聖なる閃光”を、魔と聖とがそれは激しく奪い合ったそうで。魔は世界を滅ぼしつくして元の混沌に戻すべく、そんな自分たちの正体をくっきりと暴いてしまい、何よりも行動を制限するほどの刺すような光を放ち続ける“聖閃光”を奪って砕こうとし。聖はそれを阻止せんと、聖なる“閃光”が凝縮して“日輪”となったのを、天上の高みへまで遠ざけてから。新しい世界を営む主役の“人間”と聖とが交わって生まれた一族へ、普通の一族とは一線を画す能力を授け、その“陽白の一族”に地上を守れと任を託した…という、遥か昔の“陽白の民”の伝承は、もうお聞きのことと思われますが。惣領様はそうと言ってから、
「光と闇とが今以上の直接鬩ぎ合っていた戦いの中に生まれし“陽白の民”には、その中からか、若しくは新たに生み出された一族だったのか、様々な特技へ長じた、特化した民という頼もしき仲間がいたとも伝えられております。」
 話の流れに、一同がハッと息を飲む。それってもしかして。
「時折 地上に現れいでては、無力な民草を襲って暴虐を尽くしたのが、闇の“負気”を負った陰体の邪妖。それらが一気に殺到し、聖魔戦争というものが起こったそうです。」
 その折に、戦闘の陣営を組み、徹底して戦列を崩さずに立ち働いた武勇の人々。悍(おぞ)ましき邪妖らを片端から退治し、封印した人々が堅い団結の下に活躍し、やがては暗黒の覇王の使いたちを全て、魔界へと押し返した戦果をもって、その壮絶な戦いに終止符を打ったということなのだが、

  「そんな中におわした英雄とされているのが、
   あのグロックスにその紋章が刻まれし、炎獄の民です。」

 その紋章をして、この里にも微妙に縁がないでも無かった、そんな砂時計だったということか。既に光も静まりし、水晶珠の上へと手をおいて、
「先の襲撃者たちもまた、あのグロックスをようよう知った上にて用向きがあると言っていた。ああまでしての奪取といい、本日お越しのあなた方が、そんな彼らを知っていたことといい。此処より遠き地上にて、穏やかならぬ何事かが、既に動き始めているということなのでしょうね。」
 惣領様としても、先日此処へとなだれ込んだ無法者らがあり、その直後の今こうして、逆の立場の方々がお越しになられた事を鑑
かんがみて。その点への何かを問いに来た彼らだというのは判っておられたらしくって。いよいよの本旨とでもいうのだろうか。この里が受けし襲撃という事実を知らなかったならば、それをこそ聞きに来た謎の一族の真実を、やはりご存じの惣領様であるらしく。


   「あのグロックスにも刻まれてあった紋章は、
    フレイム・タナトス、双焔の紋といい、
    陽白の一族に寄り添いて仕えし、戦いの一族、
    炎獄の民の掲げていた紋章だと言われております。」










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  *なかなか進まなくて申し訳がありません。
   書く前にテンションをあげる作業から入らないといけませんのでどうしても。
   何かと時間や手間がかかる話に成り果てておりまして。